平魚泳 Hirasakana Oyogu

むにむにと

Pocket

 

 

千葉と大分の行き来

 

千葉での日程を終えて、

また大分の耶馬溪の
家族の待つ古民家へ帰ります。
 
次は1月終わりか、
2月かな…
 
両親が中津の老人ホームに入り1年。
両親は、もう歳なので、
安定して毎日命懸けな感じですが、
千葉の実家が空き家になり、
2〜3ヶ月に一度、
平日の4日間を使って
帰省する。
 
慣れないタイムスケジュールで、
早朝の飛行機予約して、
寝坊して、
最寄りの駅まで1時間ダッシュして、
ギリギリセーフ。
なんて時もありました。
 
ようやく、
この4日間がパターン化されて、
ストレス少なく、
充実の方向性も
現実と共に見えてきました。
 
 
 
1日目、
空き家に独りは寂しいので、
昼間に草刈り終えたら、
夕方、千葉駅へ独り、
路上に歌いに行く。
 
2日目、
西千葉の平凡さんで
ウクレレライブをさせてもらう。
 
3日目、
集中して
家の片付けをする。
 
4日目、
郵送物やら、
いろいろ整えて、
昼の飛行機に乗って、
夜には耶馬溪に帰る。
 
 
 
 
 
独りの寂しさや、
「想い」に心を馳せる時間も持てて、
音楽を
のびのび出来てる時間も持てて、
さらに
離れ、途絶えてしまっていた、
千葉の人の繋がりも、
また繋がり始めた。
 
長い付き合いもあるし、
新しい出逢いもある。
 
千葉の家は、
誰かとの人つながりで、
借家として
住んでもらうようなことを
考えています。
 
 

在ろうとする自分で在ること

 
僕は、
在りたい僕で、
千葉に居ることは出来ない。
と、千葉や東京に居るとき
感じていた。
 
土地のせいかもしれないし、
土地のせいではないかもしれない。
 
ただ、街では、
道端に、腰を降ろすことさえ
料金が発生しそうな、
権利と所有をfinanceしないと
居られない感じを
2008年頃から感じ、
いろいろ人生を動かし始めました。

やりたいことは
我慢して、
やりたくないことも
やらなきゃ生きていけない。
 
「そんなの嘘だ!」
 
と想いながらも、
やらなきゃいけないとされる
振る舞いが出来ない僕は
萎縮しつつ、
尻尾を丸めながら吠えている。
そんな感じだった。
 

 むにむにと

 
「こんな僕で在ろう」
という僕でいたら、
むにむにと千葉から押し出されていた。
そしてむにむにと
奈良に存在のスペースを確保して、
その後は大分だった。
 
そしてむにむにと、
千葉へ戻ってきた。
 
かつての僕とは違う僕で。
かつての千葉とは違う千葉で。
 
 
在ろうとする自分で在る。
 
すると、
現実がそれに合わせて
居場所を創ってくれる。
 

居心地が悪いとき

 
居心地が悪い時。
 
それは「決めた自分」の
在るべき居場所へ
むにむにと押し出されそうに
なっている時のストレス。
 
 
まだまだ今も
「在ろうとしている僕」
の居場所としては、
この世の居心地は悪い。
 
だから、
この先、どんな現実が現れてくれるのかと
ワクワクしている。
 

 こう生きてきたからこんな人生になったんだ


「在ろうとしている自分」より、
誰かに「こう在るべき」と言われたことに
従って「自分」を創っていると、
その枠に従っているわけだから、
「大切」と言われる
安定したピースとして、
重宝されるかもしれない。
 
しかし、
自分も変わらなければ、
さらに、
世も変わらないんだよね。
 
でも、
時間は動いている。
 
変わらない事ほど、
難しい変化はない。
 
世も変わるし、
身も変わる。
 
「こう在るべき」と言われていた
在るべき姿も、
どんなに足掻いても
変わってゆく。
 
人は日々、
歳を重ね、
今の姿を亡くしてゆく。
 
ただ、変わらないのは、
歩んできた「道」の記憶だ。
いや、記憶は変わるか。
事実…いや、
 
「こう生きてきたから、
こんな現実を生きる人生なんだよね」
って感じ。
 
安らぐ、もしくは
諦められるかんじ。
 

西千葉「平凡」ライブについて

 
安定してきた「平凡ライブ」。
相変わらず、
ギリギリ0人ではなかった
有り難いお客さんを前に、
「変わらずに在ろうとしている僕」で、
のびのびと演奏出来た。
 
新曲にしても、
20年前に創った曲にしても、
歌えば、そこに決まった「詩」
があるから。
 
その目印に降ろした錨。
それが「詩」なんです。
 
それらの何を現すかは
「今」の僕が決めるんだけどね♪

 
 
西千葉「平凡」さんのライブ配信。
電波の関係で途中途切れたり、 途中で終わってますが、
「無料ではここまで!」って感じで 好いんじゃないかと思います(笑)
 
いつか、オフラインで会いましょう♪
 

稲毛の学童での演奏

 
今回、
去年発売した
「ウクレレのレクチャー動画」を見て、
メッセージくださった方が、
偶然にも千葉の人で、
しかも
平凡さんへ自転車で行く途中に
通りかかるような場所で、
「フリースクール&学童」
みたいなことをされていると聞く。
 
平凡ライブの前に立ち寄って、
子ども達相手にライブさせてもらった。
 
もちろん、
小学生が相手である
ってことを充分意識しながらも、
「在ろうとしている僕」で、
「創ろうとしている世」を歌った。
 
どのようにみんなに響き、
今後、どんな作用が起こるのか
まったくわからない。
 
かつては子ども相手のライブに、
つい顔色を伺ってしまう反省が
何度もあった。
 
今回は
大丈夫だった。
 
「在ろうとしている僕」で、
子ども達へ歌い、話した。
 
まぁ、幸いにも
同じような年ごろの子がいるからね。
 
息子を見ているようだった♪
 
これも10年前とは違う現実だな…
 

実家の片付けにも繋がりが・・・

 
空き家の掃除にも、
15年ほど前に、知り合い、
2〜3回会っただけだけど、
FBでつながっていた友達が
八街から手伝いに来てくれた。
 
旧知の仲。またいろいろ
新たな再会が広がるのかもしれない。
 

光を観に

 
いろんな場所へ
「観光」に行きたい。
 
光を観に行きたい。
光を灯しに行きたい。
 
僕のいない世界、
縁の無い世界には、
どうしたって
関心や、愛、
慈しみを持てない。
 
逆に、
関心を、
注意を向けると、
自ずと縁が出来る。
 
在ろうとしている自分、
好きな自分になって、
この世界に身を置けば、
全てのご縁が、
「好きな自分」で出逢うご縁。
 
世界を大切に、
愛しく、慈しみをもって、
創っていこう。
という意志が持てるんじゃないかな?
 
道半ば。
 
大いにけっこう。
 
旅を続け、
人生を味わっていきたいんだったら、
不満足を創り続ければいい。
 
大丈夫。
 
一瞬で、
人生を、
世界を完璧に創り変える、
完成!
とすることも出来るから。
 
まだまだ
真の平和はやって来ない。
 
きっと本当の「平和」、
全てが平たく和を成す時が
在り得るのなら、
「時」の流れは止まるでしょう。
 
完璧な「調和」で、
全て変化は止まるでしょう。
 
だからきっと
本当に望むのは、
変化を味わい、楽しむこと。
 
この世界の交響曲は、
時には美しく響き合い、
時には混乱の
ノイズなカオスな雰囲気の
時も在るでしょう。
 
そんな地球交響曲の一員で
僕らは楽器を奏でていると想いましょう。
 
どんな役割の音を奏でているのか、
自ずを分けた「自分」なんかじゃ、
分かるわけもない。
 
でも、
自ずと分かるんじないかと
想っています。
 
そろそろ飛行機、
着陸します。
 
自分、また行きます!
 
P.S.
移動中の飛行機で書きました。
 

ウクレレ教室へのご招待

ウクレレ教室

zoomでも行っているウクレレ教室への案内の他、
「指1本で弾けるウクレレ」
「3コードだけで弾いてみるウクレレ」の
弾き方のコツを説明。
10分×12本のウクレレ講座動画のコンテンツ販売へのご案内。
等、ウクレレに興味ある方、見てみてください。

この記事を書いた人

平魚泳

ウクレレ弾いて、タイコ叩いて、笛を吹いて、歌う。詩人。音楽家。言葉の持つ力、音の持つ力を日々確かめています。

この著者の記事一覧

コメントは受け付けていません。

Pocket

前の記事へ

次の記事へ

関連記事RELATED ARTICLE

平魚泳の音楽。最新作は6曲「気の持ちようで」こちらから。

平魚泳の音楽を聴く 音源を視聴 arrow_right
PAGE TOP