平魚泳 Hirasakana Oyogu

ライブを終えての心持ち

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2022.08.04 西千葉「平凡」ライブを終えて

西千葉の「平凡」さんでのライブ、

終えて、空き家の自宅へ帰り、
明日の昼の便で、
大分の、家族の待つ家に帰ります。
 
お客さんは一人と、店主さま。
 
ゼロじゃなくてよかった(笑)
 
2ヶ月前も6人くらい。
その前は・・・ゼロだったっけな?
 
前回の6人に、
また同じように
気に入ってくれているからといって
毎回来てもらうってのも。
そりゃみなさん、都合あるからね。
 
そのまた前
は4人とかだっけな・・・
 
好印象の
伝説を残しながら、
こうして長年、音楽させてもらえている
西千葉に感謝。
 

平凡

僕の、
このキャッチコピーが苦手な性質を
快く受け入れて、
共鳴を感じれるお店。
 
それが「平凡」です。
 
店にはパレスチナや、マイノリティ、
オルタナティヴ、代案的な、
アウトサイド、ワイルドサイドな書籍が
たくさん並んでいます。
 
集客を求めるが故に
相対化して、カテゴライズして、
適切な潜在的な顧客を狙う。
 
こんな分析作業は疲れて、
望んだのとは違う場所へ運ばれてしまう。
 
とすれば「平凡」は望んだ場所です。
 
そして「望まれた場所である」という安心感。
 

Live

 
ライブは、
前半後の休憩で3人での話に花が咲き、
後半の演奏は少し。
 
3人での会話の気持ちを
そのまま分かち合いたくなり、
様々な予定の曲を変更。
 
落ち着いて出来る演奏の場って、
ちょー幸せです。
 
そして、ライブ活動が少なくなっている最中にも、
本当に、身も心も、音楽と一致させていたいな。
という出会いも。
 
演奏終了後、
観客2人なのにアンコールもらって
それに応えようと、
何を演奏しようか会話しながら考えているとき、、、。
 

出逢い

前回か、前々前回かに、
何らかのタイミングで
僕の平凡ライブに来てくれた方が
描いた絵を届けに、
ライブとは知らずにやって来た。
 
そのクジラの絵がとても素敵で、
アンコールの一曲「ここで生きていく」を
聴いてもらった後、
お話して、聞いてみた。
「絵を描く喜びって何ですか?」
 
僕は
素敵な絵を、眺めながら、
音を奏でるのが好きです。
 
笛を吹いて絵を眺めると、
絵の中に入って行けることを知った
エピソードなんかを話して、
盛り上がった。
 
何かが動きそうで
動かせそうな感じがした。
 
インスピレーションの間合いで
対話がしたくなった。
 
お互い、「絵」や「音楽」、
その手段で感じることに純粋になると、
その何かを具現化するために、
企画するアイデアが無い。
 
そこで完璧だから。
 
何かを一緒にしたい。
 
でも
計画して遂行する。
そんな3次元的な望みではない。
 
「然るべきときに、然るべきことを
やりましょう」
 
彼女は完璧な応えをくれた。
 
ライブや仕事が無いからって、
日々を誤魔化したら、
こういう瞬間を逃し、
誤魔化しが日常化する。
 
「誤魔」が何かは
自分自身が決め、知っていること。
 
現れた現実が
すべて教えてくれる。
 
いつでもどこでも
「音楽」をしていようと想った。
 
「企画」が良さげにすすんでも、
実を灯すのはこの身と心と澄んだ魂。
 
必ずその素晴らしい日々は、
今から未来へ、
都合のいい過去を思い出しながら、
ずっと続いているのだから。

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